こんにちは。トキ・コーポレーションの本間です。本日はお招き頂きまして有難うございます。(図1)
それでは、私の会社の研究についてご紹介致したいと思います。私は形状記憶合金の研究をしています。ご存知の方も多いと思いますが、現在使われている形状記憶合金は、アメリカで発見され研究されていたものです。この形状記憶合金は発見された当時、非常に夢のある材料と考えられて、いろいろなことに使えるのではないかと言うことで多くの人が取り組みましたが、実際に使って見ますとなかなか癖のある材料ですんなり使えません。私の半分の人生もこれの使い方の研究に費やしたようなものです。今回はそこから生まれたバイオメタルという素材についてお話したいと思います。
まず、私がおります会社の紹介です。トキ・コーポレーションと言いまして、非常に小さな会社です。(図2)ホテルやテーマパーク、レストランなどの商業施設の所の脇役の照明、間接照明、モノを照らすというよりは、先程の佐々木先生のお話で言えば人の心を照らすような照明を作っている会社です。この会社は、元々現在の社長が、新素材のサンプル輸入をしたのが始まりです。(図3)日本がまだローテクの頃、海外から新素材を輸入して、いろんな企業に紹介するところから始まった会社です。当時、日本のハイテク製品であった腕時計用の小さな電球が縁で、照明器具のメーカーになって現在に至っております。会社の事業部は大きく分けて二つあります。こちら(図4)の照明事業部の割合は、非常に大きく全収益の99パーセント近くを占めます。新規事業部は、それ以外のことをやっているところで、我々のところです。バイオメタルというものがこの中の大半を占めていますが、その他にパーソナルのCAD/CAMのソフトを開発販売したり、その他、飯の種の照明事業部でできないような、すぐお金にならないことをいろいろやっております。基本的に独立採算性で、自分たちで研究費等も稼いでおりますので、それ程大した研究は出来ないのですが、息が長い研究を続けることができます。バイオメタルに関しては20年位やっております。
バイオメタルのお話をする前に、形状記憶合金の説明をしたいと思います。(図5)ご存知の方も多いと思いますが、形状記憶合金は、戦前から専門家の間で知られていたのですが、非常に性能の良いものが、1960年代の初めにアメリカの海軍の研究所で見つかってから有名になりました。日本でも20年位前に一回ブームがありまして、いろいろなところが研究に取り組んだのですが、結局携帯電話のアンテナとか、眼鏡のフレームなどの超弾性バネが、わずかに産業的に成功した例で、この材料の可能性からすると、非常に勿体無い話しです。一方当社としましては、バネ材料というよりも、アクチュエータとしての可能性に注目してきたわけです。(図6、リンクによるジャンプ)。アクチュエータは、今日のキーワードになります。モーターとか筋肉、エンジンも広い意味ではアクチュエータですが、一般的にはロボットなどを動かす駆動源のことです。形状記憶合金をこのアクチュエータとして使えないかと思い、ずっと研究が進めてきました。これは(図5右)、形状記憶合金の動作を説明する動画です。形状記憶合金は、低温では非常に簡単に変形できますが、高温では強い力で元の形に戻ろうとします。この動画は、形状記憶合金の針金です。これを冷やすと簡単に引っ張って伸ばすことができますが、お湯の中に入れて暖めると強い力で元の形に戻ります。元の形に戻ったり、変形できたり、この動きを巧く取り出すことができれば、モーターや筋肉のように、ロボットやいろいろな小さな機械を動かす駆動源になるのではないかという事で研究を進めてきたわけです。(図7)形状記憶合金が動く原理は、形状記憶合金を構成する原子の安定状態が、低温と高温によって違うことです。この間を行き来するために力が発生して、形が元に戻りますが、あくまで発生するのは、材料内部の力なのです。ある歪み、ある変形の範囲ですが、温度が低い方が柔らかくなります。温度が高くなると硬くなります。当然この時の力もそれに対応して変化します。これは普通の材料とちょっと違う性質です。
実はこの研究は、元々早稲田大学で始まりました。(図8)私の恩師である当時の井口教授が、超塑性加工の研究の一環で形状記憶効果の研究を始めたものです。僕もはじめは、材料学的なテーマで研究をしていたのですが、どうしても基礎材料というのは苦手で、ロボットを作ったり、機械を作ったりする方が好きだったものですから、勝手に悪戯して形状記憶合金でロボットを作ってしまったんですね。そしたらそちらの方が良いテーマになるということで、急に研究内容が変更になりました。それまで材料側から見ていた形状記憶合金を、今度は使う方から見て、研究を進めることになりました。形状記憶合金のコントロールの仕方、駆動の仕方を研究していましたところ、これに今の社長が目を付けまして、井口研究室に委託研究という形で、この材料の応用開発の研究を任せるようになりました。僕がその担当だった為に、その縁でずっと今の会社にいることになりました。
いろんなことをやりました。これは小型のロボットです。1985年にDH-101という、僕の頭文字を取ったものですが、3000台を販売しました。最近、アイボなどでペットロボットが注目されていますが、その頃からペットロボットという発想でやっていたのです。というのもこのロボットは何にも役に立たないんですね。ただ動くだけ。しかしその動きが非常に生物的、あるいは心を和ますということで一部の人には、うけたのです。同時にこれをやっていますと、形状記憶合金と言うのは、鉄と非常に似ていて、熱処理の仕方、加工の仕方、あるいはその履歴で、全く違う性質のものが出来ることがわかりました。これについて研究しだすと、忽ち10年位が過ぎました。傍ら応用の研究をしましたが、まず商売にはなりません。バブルが崩壊した頃、当社もあまり楽でないころは、照明技術の方を皆で一生懸命やったりしまして、事業的には、中断した時期もありました。しかし研究は、細々と続けていました。会社の景気も一段落した1998年に比較的性能の良い、小さなマイクロコイルを作ることに成功して、これを発売しました。そして2001年、今年の4月に、一応これまで研究した成果を生かして新しい材料が出来ました。これは今までの形状記憶合金と違って、ようやく家電やIT関係の機械でも使えるようなレベルになったわけです。現在、会社としてはこれを使った玩具を売ったりしていますが、郁々は後でご説明しますが、もう少し産業的に使える形に持っていきたいと思っております。
これ(図9)は以前、早稲田でやっていた頃の内容のご紹介なのですが、既にこんなものを20年近く前にやっていたと言うことなんですね。これは今でいうマイクロマシン、形状記憶合金で動く虫ロボットですが、この頃研究室は貧乏で、ビデオとか無くて、連続写真しかとれないんです。それを最近のコンピューター技術で動画にしてみたんです。こんな感じで動いていたんです(図9中央)。この動画は、早く動きますが、実物の大体20倍位の速度です。一歩歩くのに一分、掛かっていました。これ(図9中央上)はパルスモーターです。後ろから扇風機で炙ると、一分間に60回転位で回りました。これはもう少し性能を良くしたモーターです。1000rpmぐらいで回ります。電子デバイス、電子って言えるかどうか、強いていえば電気デバイスの研究が本命だろうということで、研究をつづけました。早稲田ですからロボットが名物です。ロボットの本家というのは加藤先生という偉い先生がおられまして、学生たちからは絶大な人気を誇っていました。我々の研究室は後発組なので、普通のロボットでは、とうてい太刀打ち出来ません。そこで形状記憶合金でロボットを作ろうということになりました。とりあえず作ってみたものが、かなり良かったんですね。図に乗ってというわけではないんですが、最終的には人間の腕の大きさくらいのロボットを作りまして、いろいろ試してみたんです。これ(図9右下中央)なんて非常に変わっていまして、シリコンゴムの中に形状記憶合金アクチュエータを埋め込んだもので、同じ原理が小さな動く内視鏡などで使われているようです。
このころ我々が考えていましたのは、ただ単に研究していればよいわけでなく、ある程度技術と言うもの、特に新しいモノはですね、どっちの方向に研究を向けたらよいかと言う方向性とか、哲学的な部分が非常に重要になってきます。それがマテトロニクスという考え方です。(図10)当時メカトロニクスという言葉が流行ったので、言葉は、それにただ乗せかえただけなんですが、内容的には、独創性がありました。従来の機械的な制御システムは、制御部とアクチュエータと歯車やリンクなどの操作部などがあって、センサーは、操作部のフィードバックを受けもって動く複雑な構成をしています。ロボットなどはこういう構成をしていたわけです。マテトロニクスというのはどういう意味かというと、形状記憶合金などの機能材料を使うとマテリアルすなわち材料とエレクトロニクスだけでこのような複雑な機械と同等なものが出来るんじゃないかということです。奇しくも今日、マイクロメカニカルシステムという形で世界中で研究されている、いわゆるマイクロマシンのことですね。当時、我々はメカニカルICと呼んでいたんですが、それはまさにこのマテトロ構造なのです。こういうものを目指して75年から80年位の間に、研究をやっていたんですが、如何せん大学と言うのは、研究を発展させることが非常に難しいのです。下手すると学生が一年おきに変わっていくので、なかなか研究を続けていけないんですね。わかりかけた頃には卒業になってしまいます。
また、形状記憶合金の話に戻ります。なぜこの形状記憶合金がアクチュエータになり得るかといいますと、簡単なことなんですね。元に戻る力の方が変形するために必要な力より強いからです。(図11)例えば、重い本を細い針金状の形状記憶合金にもたげます。これを加熱しますと、形が戻って本を持ち上げる。これを冷やすとまた重さで戻ってしまいます。つまり変形する力が小さく、もどる力が大きいわけです。これで、加熱冷却を繰り返せば仕事が出来るなぁと言う事がわかると思います。ところが、実際研究を始めてみますといろんな問題が出て来ます。(図12)まず、動作速度が遅いこと。使用温度も限定されます。性能の良い形状記憶合金というのは、運動できる温度が室温付近のものが多くて、例えば電子機械のように70度付近の温度でも完全な動作を必要とするものにはなかなか使えないんですね。実用的な力も問題になります。寿命を考えると非常に小さくなってしまう。さらに形が変わってきたり、寿命が近くなると動く範囲が狭くなってしまう。この辺は特に疲労とか磨耗とかをやっている人は非常に嫌う要素を多く含んでおります。使用時間や回数が多くならないとわからないことなのです。実験には時間がかかります。もう一つは、寸法効果というものがありまして、大きいものは駄目なんですね。図13これは、よく学生に出す問題なんですが、遺伝子工学で蟻を大きくした場合、これがブルドーザーと力比べをしたらどちらが強いかと言う問題です。この答えは簡単で、筋肉と言うのは面積に比例した力で、身体の重さは体積に比例します。形状記憶合金とか圧電材料とかもこの筋肉と同じ次元の力です。結論としては、蟻が大きくなった場合には、筋肉の力が質量だとか慣性力などに負けてしまって、うまく動けなくなってしまいます。蟻の身体を百倍にした場合、筋肉の強さは一万倍になりますが、体重は百万倍になりますから、下手をすると自力で立てないかもしれないのです。形状記憶合金も筋肉と同じで大きくすると不利になります。反対に小さなものに使った場合、大きさの割に大きな力を出せるようになります。ですから益々マイクロ向き、小さくすることに向いているわけです。
理想的な形状記憶合金の特性を考えた場合、ここに(図14)示すように、変形する力と戻る力の差が大きい方が良いことがわかります。これは少々専門的な図ですが、横が長さの変化、縦がその時の力の変化を示した図です。要するに小さな力で変形できて、大きな力でもとの形に戻る。これが一つの条件です。また形状記憶合金の動きは、温度に対して普通、行ったり来たりに幅があります。高い温度まで上げないと形がもどらなくて、低い温度まで下げないと簡単に変形できないのです。この温度の幅が出来るだけ狭い方が良いわけです。それ以外にも形が安定しているとか、生産し易いこととか、いろんな条件があります。この辺を一つ一つ解決してきました。
そして、現在出来ているものの特長でもあるのですが、異方性ということに目を付けまして、単一方向だけにこの形状記憶効果の性質を限定することで良いものを作れることがわかりました。(図15)この性質の副次的なものなのですが、非常に巨大な二方向性が出現するので、当社の形状記憶合金、"バイオメタル"を使いやすいものにしています。わかりやすくいえば自分で伸び縮みをする性質です。そして寿命が長い。これも全体の動きの60パーセント位の歪みの丁度良いところを取ってやりますと、2年程の実験で2億2千万回を超える運動が可能になっています。これは人工心臓のアクチュエータとしても使えるレベルだそうです。応答性ですが、結晶方位をそろえたり、材質を改良していきますと、結構いいところまでいきまして、直径0.1mmの線材では、室温で3ヘルツ位で動くものは、それ程難しくなく作れるようになりました。後は使用可能温度が高く、何とか家電で使えるギリギリのレベルまで下げることが出来たことですね。先程言いました長さ方向の異方性ですが、これが非常に単純なことですが、はじめは、なかなか気づきませんでした。普通形状記憶合金に直線の形を覚えさせると、この様な(図16)真っ直ぐな青い棒を覚えてしまいます。これはいくつも変形要素を含んでいまして、曲がる性質と、伸び縮みする性質と、ねじれる性質を持っています。この3つの方向に全て形の管理や力の管理を行わないと、この直線形状というものは成り立たないわけです。ところが、このねじりとか曲げを無視して引っ張りだけか、或いは引っ張りとか曲げを無視して、ねじりの動きだけに限定して、それに向いたように材料を作っていくと、その方位だけしっかりした動きをするようになります。現在我々が作っているのはこういう材料で、要するに棒としての直線形状ではなく単なる長さを覚えているヒモと考えればいいわけです。いいかえれば一次元の記憶なんです。先の三次元の記憶ですと非常に難しいんですが、1次元だと簡単に性能の良いものができます。(図17)。形状記憶合金は単結晶にして特定の方向に動かしますと、非常に性能が良いのですが、高価で不安定です。一方、実際に市販されているものは、小さな金属の結晶が、大きさも方向もまちまちに詰まった状態です。変形するとこの中で動きやすいものから順に動き出すという状態なのです。ところがこれを、結晶の粒子の大きさを揃えまして、一定方向に並べてやります。これも確率的な問題ですから、ぴったり同じ大きさのものが、きれいに並んでいるかどうかは不明なんですが、ただ、そういうことを意図して処理することで、性能の良いものが出来ます。この単結晶と多結晶の両方の性質のいいところを持ったものができるのです。これも先程の佐々木先生のお話に出てきたのですが、結晶粒の微小化も大事なポイントです。形状記憶合金は文献などによりますと、結晶が大きい方が記憶特性が良いという記述が多いのです。ところが形状の安定性はよくありません。反対に結晶を小さく砕くと形状的には安定しますが、動きにくくなります。しかし当社のバイオメタルは、この結晶粒子が微細であるにもかかわらず、良く動きます。実は今回の助成金で購入させて頂きました光学顕微鏡の非常に良いもので覗いても見えない大きさです。実は、見えなくて良かったと思っているんですね。というのは、これが我々の製造上の仮説の正しさを示しているからです。見えないと言うことは、光学顕微鏡の視野よりも大きな粒子か、光の波長より小さな大きさということです。大きければ眼で見えますから、数ミクロン以下の粒子だと言うことですね。この粒子を細かくする事で方位を揃えやすくした、ということなのです。
先程から出ています二方向性形状記憶効果ですが、これもアクチュエータとして非常に大事な性質です。普通の形状記憶合金と言うのは、力を加えると変形できます。このときの力は小さな力なのですが、どうしても必要です。(図18左)。加熱した形状記憶合金を冷やさないと引っ張っても丈夫で変形しないですね。これは、丁度携帯電話のアンテナみたいな状態です。(図19左の動画)。携帯電話は、超弾性合金という変態点が室温より低く、弾性が非常に大きいバネのような状態の形状記憶合金です。このような場で話すとまずいのかも知れませんが、携帯電話で形状記憶合金が普及したお陰でこういう話ができます。以前は同じような例として女性用の下着の骨の話しかできなかったので、こういうところでお話が出来なくて苦労した経験があります。とにかく、冷やさないと変形できない。そして冷やしてもそれなりの力が要るわけですね。
こちらは(図18右)、我々が作っているバイオメタル・ファイバーといわれる形状記憶合金の繊維です。これはバネではありません。直線です。大体
6パーセント近くの伸び縮みを、電流を流すだけで自分でやってしまいます。この位の応答速度で動きます(図19右の動画)。これは少し細い、直径0.1ミリ位の線なのですが、大体100グラム位の力でかなりの回数、10万?100万回以上の運動が可能です。この図は、当社の形状記憶合金の評価法の例ですが、あまり他にこういう評価法がないので少しご説明します。材料の評価で一番性質をとらえ易い試験です(図20)。形状記憶合金のワイヤーに実際の使用条件に近いような錘、或いはバネの加重をかけ、温度の上げ下げをするわけです。そうするとこういう曲線が描けまして(図20)、これによってどれ位動くかとか、どの位の温度の差、温度ヒステリシス(hysteresis:この場合、歪みの温度履歴)ですね、行きと帰りの差があるかということが非常に良く見えるデータなんですね。これで、応用で使える材料かどうかが一目で分かります。例えばいろんな会社の材料を比較したものですが、10年位前はこの(図21)材料を売っていました。当初はこういう材料(図21)だったんですね。これをいろんな処理とか、成分を改良していきまして、現在はこの赤い(図21)、一番高くまで上がっているこれを製品として出しています。実験的にはある加重に限定されるんですが、温度のヒステリシスがほぼゼロにすることにも成功しています。ゼロになったから凄く応答性が上がったかと非常に期待したんですが、実際には潜熱があるんですね。動くためにもエネルギーが費やされるので、温度幅はないのですけれども、エネルギーを取り入れたり外に吐き出したりする過程があるので、応答性は期待したほど良くはなりませんでした。これは(図22)寿命試験の例ですが。従来の形状記憶合金の線、これは実は横が対数ですから、非常に違うのがお分かりになるかと思います。我々の実験では応力の大きさで、寿命がかなり変わるということが分かっています。応力とは単位断面積あたりに加わる力のことです。チャンピオンデータとしては、4%近い運動歪みで1億回運動を行っています。これは(図22左上および動画)いちばん簡単な実験装置ですが、二つの位置センサーがありまして、ここにリニア・スライドベアリングが付いています。ここにはワイヤーが張ってあります。このワイヤーが高速で伸び縮みします。このワイヤーに電気を流すと加熱して縮みます。そしてこういうふうに連続的に動くわけです(図23)。次にパフォーマンスですが、こちらが指数であったり倍数であったりするんですが、とにかく普通の形状記憶合金と比較して、アクチュエータとして有利な特性を持っているということが分かります。
では実際にどうやって動かすかと言いますと、一般的には周囲の温度で加熱する場合が多いようですが、我々は電気を流して加熱する方法をずっと研究してきました。これは(図24左下)我々と昔、共同研究していた人が考えた電気回路中の形状記憶合金の記号です。当社の形状記憶合金のようなTi-Ni系の合金は、電気抵抗がニクロム線のヒーター位ありますので、電気を流しますと良く温まります。ほんの少し電気を流してやるともう動きます。発熱量などは、オウムの法則から導き出される式で実用的な計算ができます。通電したときの実際の動きは、こんな形になります(図25)。通電を始めると動きだし、ある歪みまでいきますと、そこで止まります。加熱を続けても後は温度が上がるだけですね。途中で切れば、そこでぴたっと止まります。特にマイクロメカニズムになりますと、慣性の影響が少なくなりますので、ただ電源をぱっと切るだけで綺麗に止まります。(図26)我々が研究をし始めた頃は、形状記憶合金のロボットなんかをアナログ的な動作をするように制御するとき、トランジスタや可変抵抗を使いまして、電流を調整して動かしていました。ところが電流と言うのは、さっきの発熱量の式で二乗で利いて効いてきますから、ちょっと変えるとぱっと動いて、制御しにくい。そこでこういう(図27)パルスを高速で加えまして、オンとオフの比率を変えて操作すると非常に巧くいきます。これは、当たり前のことなんですが、実はここに形状記憶合金の潜熱が関連していまして、定期的に冷える時間を与えてやりますと、変体点との絡みで一つの仮想的な熱の壁が出来てきます。過熱し難くて、コントロールし易くて、尚且つ制御回路の効率がオンとオフしかありませんから、非常に効率が良いという事で今はずっとこの方式を使っております。当時は、通電加熱で動かすことを考えていた人も少なかったためか、この方法にまだ誰も気づいていなかったからなんでしょうが、実はうちの会社が特許を持っております。
このバイオメタルを使いまして、いろんなアクチュエータを創っているのですが、これは基本的な形式をしめしたものです。(図28)一番簡単なのは動かしたいものをただ形状記憶合金に繋いで、変形させたものを一回だけ一方向に動かします。また復帰させるには、外部から形状記憶合金を変形させる必要があります。これはサーキットブレーカーのような使い方ですね。二番目の方法は、形状記憶合金とバネや重力、磁力などと組み合わせて往復運動をさせる方法です。加熱した時と冷却した時で位置が変わります。もう一つは、二つの形状記憶合金を組み合わせて、片方を加熱、もう一方を逆に冷却する方法です。これが実は曲者でして、ここ10年位のテーマだったんです。というのは、形状記憶合金の扱い難い一つの理由ですが、材料が元に戻ろうとする力の方が、材料の強度より強いのですね。ですから引っ張り合いをした場合、自分で戻る力で自分を壊しちゃう可能性が出て来ます。いろんな形式があるのですが、何とかこれもメカ的に逃げることが出来ました。これ(図28右)はラッチを入れたり、端部にバネをつけたりして、いろいろなバリエーションがあります。(図29は時間の都合でとばしました。)
次にいろいろな例をご紹介したいと思います。(図30)まず製品になったものからですが、形状記憶合金は動き出しの力が一番強いのです。例えば電磁石ですと、これとは反対に動き出す時の力が一番小さくなります。要するに形状記憶合金は、摩擦力に強く、鍵を外すような用途に非常に向いているわけです。そこで、自転車のリモコン錠にこれを使いました。これは(図31の左動画)普通ですとモーターなどを使うのでしょうが、裏にこういう一本の細いワイヤーがあるだけで、錠を引っ張って外します。これを作った会社が、既存の手動式の鍵を使えば、安く出来るということで、どうしても手動式の錠を動かしたいということでしたが、非常に強い力が必要です。700グラム位で引っ張らないといけない。しかしモーターを使うと、この中に収まらない。こういった問題がありまして、このワイヤーを使うことになり、一応巧くいっています。
これは(図31の右動画)息の長い製品です。というのも以前は、室温状態、或いはそれより上のところで電子機械の中で使うような材料ができなかったのです。しかし冷蔵庫の中だと温度が低いですから、正常な動作特性が出るということで、10年程前から製品化したものです。ホテルや旅館などでビールが入っていて、ボタンを押すと扉が開くような冷蔵庫に使われています。音がしないで開くものはうちの製品が使われております。
これは、ロック機構の原理を簡単に説明したものです。(図32左の動画)電動のハッチで、乾電池一本で動きます。小さな電圧でも電気が流れますから1.5ボルト位の電圧をかけてやりますと十分に動きます。スピンドルが引っ込んで、ハッチを開けるという機巧です。この部分を過電流防止装置とかそういったものを入れてデバイス化したものがこれですね。(図32右の動画)このアクチュエータは今、某電力会社で、高圧電線用の雷センサーに使われております。雷が落ちたとき、特に山の中ですと、高圧電線塔の絶縁碍子が壊れてしまって、登山者とか検査をする人が感電事故を起こすことがあります。その壊れた碍子は、外見上は見わけがつかないそうです。ほとんど正常のものと同じに見えるそうです。碍子は、壊れるのは雷が落ちることが大半の原因だそうです。そこで、雷が落ちたらこれがカチッと動いてハッチが開き、中から旗のようなものを出して、"この塔は漏電しています。"と知らせる機械なんだそうです。向こうの実験で、モーターとか電磁石とか使ったアクチュエータをためしたそうですが、皆雷が落ちると誘導起電力などの問題があって、こわれてしまうらしいんですね。このアクチュエータだけがうまく動いたということで、大した数ではないんですが、数千台の単位で、使われております。これも10年位前からです。他にもいろいろなアクチュエータがありますが、原理が今までのものとダブってしまいますので説明は省きます。
ロボットは早稲田にいた頃からいっぱい創っていまして、いろいろなタイプがあります。例えば、これは10円玉ですが(図33右上)、大きさがわかると思います。これも掌に乗る位のサイズで、この筋肉に当たる部分に当社の形状記憶合金の繊維、バイオメタル・ファイバーを使っております。バイオメタル・ファイバーが伸び縮みすることで動きます。ヒモが伸び縮みするのですが、最初この運動を関節の動きにすることに苦労しました。結局こういう機巧で巧くいくということが分かりました、電気を流しておくと動きます。これは音が無くて、非常に滑らかに動きます。ですから、生きているものみたいな錯角を起こします。モーターでおなじような生物的な動きをさせるというのは、非常に大変なことになりますが、このロボットは単純にパルスを加えたりオンオフをしたりするだけで、それができるのです。そして非常に軽くできます。柔らかく動く理由ですが、この材料自身が持っている熱容量と放熱の関係が、慣性の関数に非常に似ています。ですから大きなものが動くのを、小さなもので再現できるようなのです。この他にもロボットはいろいろ作っております。先程も、早稲田の尺取虫が出来て来ましたが、これ(図34)は尺取虫の2001年モデルです。今はこれ位の速度で歩くものが出来ました。ロボットの腕と同じ原理で、電流を流したり切ったりする事で前に進みます。
それ以外には、例えばこれは(図35)商品で出しているものです。蝶々のロボットですが、本物と同じ大きさです。こんな感じに動きます。1987年頃にアメリカの会社と一緒に蝶々を開発して、アメリカの市場で売ったことがあります。その会社はこれで大分儲けたようです。そのときの蝶々がこれです。(図35左下の動画)。同じような構造なんですが、材料が10数年でこれだけの進歩したと言うことですね。羽を動かしている細い線が筋肉のように動いています。これが伸び縮みします。金属の線ですから、初めて見られる方は大抵驚かれるようです。こんなに動きます。
これもテレビで見られた方もいらっしゃるかと思いますが、10年程前にこういうロボットを作っています(図36)。大体カブト虫と同じくらいの大きさですね。同じような虫ロボットは、ゼンマイで動くものはあるんですが、このロボットは、各関節に二つずつアクチュエータが付いていまして、全部バラバラに制御できます。外からテレビのリモコンのような赤外線の信号でコントロールします。これは製品化とかは全く考えていなくて、とにかくうちの会社も貧乏なんですが、バブルの頃にある程度、金回りのいい頃がありまして、その時に何に使うかということで、一つは技術の蓄積でもないですが、こういうのを作って遊んでいた良い時代があったのです。精密工学会で、こういうもののコンテストがありまして、そこで賞を頂きました。テロップが入って当時としては比較的綺麗なビデオなのは、テレビ東京で取材に来た時の画像を合成しているためです。構造は非常に簡単ですね。これが(図中の形状記憶合金の線材)筋肉の役割をして、ステンレスのバネでそれを突っ張っておくわけです。脚は、いろんな方向に、全部バラバラに動かせますから、本物の昆虫に出来ないような動きも出来るわけです。こんな複雑な動きが全て出来ます。これは5円玉です(図36の動画)。だいたいの大きさがわかると思います。
これ(図37左)は、一円玉より小さな、ヤドカリ型のロボットです。小さな機械、マイクロマシンでなくミニマシンですが、このロボットも各関節を全部バラバラに動かせます。当社の若い技術者が作ったものです。実際の大きさは踏み潰してしまうくらい非常に小さいのですが、制御装置はこんなに大きくなっています。こちらも時計用の乾電池で動く自走式のロボットです。(図37右)20分位走っています。杖みたいなものを形状記憶合金で動かしてすすむ仕組みです。これが筋肉のように働くわけです。
この辺は(図38右)医療関係の方から注目を受けています。分かりやすくするため、画像を反対にしています。水の中にこれが入っていまして、それを下からカメラで写しています。この当時の形状記憶合金は性能が悪くて、水で冷却しないと滑らかに動かなかったのです。しかしこの手の部分と腕の部分が別々に制御できます。大きさは手の部分が2センチ位です。実際は、手作業では2ミリ位のもの迄作ることが出来ます。このロボットの特徴は、形状記憶合金ですから力が出るんですね。ボタン電池も簡単に掴めます。ただこれが何に使えるかというと、医療関係なんか何かに使えるんじゃないかなということでした。これは(図38左)最近作ったものですが、構造は全く同じで、使っている材料のディメンション(dimension:容積や寸法)も全部同じです。リアルタイムでこんなに早く動くものが出来ました。特にこの、連続的でサイクリックな運動だと非常に早く動きます。カテーテルだとか内視鏡関係で、かなり面白いことが出来るということなんですが。構造は非常に簡単です。シリコンゴムの中に、編心させてこの材料が中に入っているだけの構造です。
まだ、少し時間があるので、いろいろなものをお目にかけようとおもいます。これ(図39)はマイクロ・グリッパーです。小さなものを掴む道具です。これも実はお医者さんが内視鏡やカテーテルの手術をして、失敗してそこに何か忘れてきた時に、それを回収する為のロボットに使いたいという話が出ています。かなり力が出ます。ここ(図39の黒い部分)は、形状記憶合金ではなくて超弾性合金を使っていまして、これを根元の形状記憶合金のファイバーで引っ張る構造になっています。実際の大きさは、今出てきますが、持っている人の大きさに注目してください。これ位です(図39の動画のズームアップ後)。ハンド部の直径は、0.8ミリ位です。構造から考えて、これ以下のものを作るのもそれ程難しくないと思います。
力が強いということでは、これ(図40)があります。形状記憶合金の細線を電気の基板に埋め込んだものです。ループ(loop:輪)にして埋め込みますと、寝ていたループが起き上がります。例えばパソコンのキーにこれを埋め込んでコンピューターの方から人間に信号を返そうということも試したのですが、実際にやって見ますと、キーのところでピュッと動くものがありますと、虫がいるんじゃないかとパッと指を外してしまい、あまり巧く行きませんでした。腕時計につけるとか、いろいろやってみたんですが、結局、小さなものがムズムズ動くと言うのはあまり感触的に良くないということで、ものになりませんでした。だけどこれは(図40)、50ミクロン位なのですが、非常に力があります。ICや貨幣をポンと飛ばすくらいの力は出ます。
産業的に面白いと思うのは、バルブですね。(図41)これは形状記憶合金で動くエアバルブです。形状記憶合金の線材がここにありまして、普通のバネでこのバルブを押え付けています。そして形状記憶合金に電気が流れるとバルブが引かれて開きます。バルブが開き過ぎますと風がたくさん流れますからバルブが閉じる方向にもどります。反対に風が流れないと、これが冷やされませんからバルブが形状記憶合金に引かれ開く方向に動きます。このような一連の動作で一種のサーボ弁ができるのです。電圧とかパルスとかを一定に加えておきますと、出口入口の圧力が変化しましても、一定の流量になるように動きます。これが血圧計の特性に非常に良いと言う事で、病院用の血圧計にしばらく使われていました。以前そのメーカーは、数十万円するサーボ弁を使っていたのが、これ一本で出来るようになって大変喜んでいたのですが、残念ながらその会社がなくなってしまいましたので、最近は出荷していません。
これ(図42)は自励発振器です。非常に小さな電圧でも動くのが特徴です。これをうまく使いますと、ダイオード(diode:半導体整流子)の順方向電圧降下で動く発振機ができます。ダイオードに電圧を流しますと、順方向電圧降下といわれる小さな電圧が生じます。これによって形状記憶合金を加熱・駆動出来るんです。スイッチと組み合わせると自分が縮んで電流を切ったり出来る。自分に加える電源が必要ない、メインの回路から寄生するようにエネルギーを取って動く二端子の電気機械が出来ます。これは自社のクリスマス用の点滅器に使った例があります。某自動車会社からアフリカとか中東向けの機械的に単純な、故障してもすぐ直せるような点滅装置ということで、いくつかお話があったんですが、会社規模などの事情があって、技術的にOKであっても、なかなか最後まで行けませんでした。
これ(図43)は最近開発されたアクチュエータですが、先程言いました形状記憶合金同士の引っ張り合い問題を解決した一つの例です。(図43)セルフニュートラル型(self
neutral:中立安定)と言っていますが、中立安定型のアクチュエータで、この部分が機械的なコンデンサー(condenser:蓄電器)の役目をしています。要するに片方の形状記憶合金が縮むと角の付いた円盤が回るんですが、回って力が余ってしまうと、このコンデンサー的なところに力が蓄えられると同時に、そこに繋がっている反対側を緩めます。ですから無理な力が掛からない。両方縮んでもここが吸収してくれるので、外から力が掛かってもこの材料には、一定の力以外掛からないようになっています。これは小さなラジコンの飛行機用に開発しました。この部屋で飛ばせるような、ゴム動力とか小型モーターで飛ぶラジコン飛行機です。そのうち製品化したいと思っています。
これ(図44)は、一番新しいものですが、バイステーブル(bi-stable:双安定)といいまして、二つの安定点を持ったアクチュエータです。こんな形で動きます。裏は非常に簡単で、こんな風になっています。要するに金属のアームがありますが、これが動いてバネの部分を動かすと、実際に仕事をするアームがある点を境に、パッと切り替わる仕組みですね。短く細いワイヤーが2本を使っていますので、電池が一本で動きます。回路も簡単です。最近では、超小型のギアドモーターを使えば似たようなことはできますが、コストや構造の簡素性、軽量化の問題やさらなる微小化ということを考えると非常に有利なアクチュエータですね。この辺も徐々に製品にしていきたいと考えています。
変わったところでは、これ(図45)は当社の照明用に使ったものです。リトラクタブル(retractable:格納式の)間接照明です。ここに小さな形状記憶合金のファイバーがあるんですが、電気が付くと蓋が開くように動きます。これは、電球に電流を流すときに最初にラッシュカレント(rush
current:一時的に流れる大きな電流)といいまして、電球のフィラメントが冷えている間に電流が多く流れる現象があります。そのエネルギーをこの形状記憶合金の予熱に利用すると同時にラッシュカレントを抑えて電球寿命を延ばすことに利用しています。これは、ご存知の方もいらっしゃると思うんですが、小泉産業と言う会社のコンテストで賞を頂いた技術です。
これまでは電気で動く例でしたが、温度で動くものもあります。これは感熱ルーバー(louver:鎧戸)といいまして、温度が変わると蓋が開いたり閉まったりするメカニズムです。普通は、太い形状記憶合金のスプリングを使ったりするんですが、当社のバイオメタルを使いますと、細い髪の毛のような材料一本だけで同じような働きのものが作れます。ですからコスト面にしても大きさにしても非常に有利なんですね。(図46)細い線材一本だけで、開閉をしています。自分で伸びたり縮んだりしますからこういうことが簡単に出来るんですね。これを室温付近で動くようにすれば建築関係などで、あまりエネルギーを使わずに環境の温度を有効に生かせるような使い方も考えられます。
これ(図47)はスプリンクラーです。実験設備は非常にちゃちなんですが、火が出るとそれを感じて作動します。火が消えて冷えると自分で止まるというスプリンクラーです。これは東京消防庁の消防科学研究所と共同開発していたものです。研究テーマではあるけれども、簡単には製品にはなりにくいという話でした。しかし非常に有望な製品になる可能性もあります。最近高層ビルのマンションが増えていますが、普通のスプリンクラーを付けた場合、小火などが起こると、火災の害よりスプリンクラーが出す水の害の方が大きくなることが多く、付けない事も多いということです。法律でも強制しかねているそうです。ところがこれですと間違ってちょっと火を出してしまっても、バケツ一杯位の水による損失で済むわけです。うまく利用できれば、今まで死んでいた人が生きていたかもしれないということもあり得ます。この例でも形状記憶合金が感熱材料でアクチュエータとして働いておりまして、パイロット弁の開け閉めを行って、タンクの水圧で大きな弁を動かす仕組みです。タイマー的な要素も入っており、これは電気を使わない論理回路なのです。他にもご紹介したい例が山ほどありますが、本日は時間の関係もありますので割愛させていただきます。
現在、ご援助頂いたような予算を使い試験設備等整えまして、事業計画を進めております。(図48)第1に、このアクチュエータの素材ですが、形状記憶合金を原料に非常に良く動くファイバー状のアクチュエータを、引っ張りだけでなく、ねじりやマイクロ・スプリングなどに加工するビジネスに活かしたいと思っております。もう一つはデバイスですね。ここに一例がありますが、小さなアクチュエータやバルブ等のデバイスの形にまとめていくビジネス、当面この辺が一番成長するかなと考えております。バイオメタルを使うのは、まだ難しいところがあります。やはりある程度こちらの経験やノウハウのソフトウェアをデバイスの中に詰め込めるのは有効な方法かと思います。後、遊びの部分というのは残しておきたいと思います。自分たちで玩具のようなものを作りたいという思いはあります。
今日の講演はあまり学問的ではありませんでしたが、以上で終わらせていただきます。有難うございました。(図49)
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